中古ショップにアニメグッズを大量に売った話

わたしは5、6年前くらいからいわゆるグッズ厨で、アニメグッズを大量に集めていました。基本的には好きなキャラの気に入ったグッズを何十個も…いわゆる「無限回収」しているものもあって。推し以外もトレーディングで買って交換が決まらなかったものなど、少なからず持っていました。わたしは好きな作品、好きなキャラがたくさんいるし、もう本当にアニメグッズだけで物量がハンパない。狭い部屋に物が溢れててなんとか整理したいと思って、思い切ってアニメグッズの断捨離をする決意をしました!

わたしは熱しやすく冷めにくいので、一度好きになったキャラは基本的にずっと好きで、だからこそずっと処分できずにいたのだけど、もうスパッと!グッズ集めはやめようと思い立ったのです。綺麗な部屋でスッキリと暮らしたい!!!

 

アニメグッズの断捨離方法は、フリマアプリで売る、Twitterで譲渡する、中古ショップで売る、捨てる、基本的にこの4つになると思います。

フリマアプリがいちばん高く売れますが(自分で値段決めれるし)、いつ売れるのか、そもそも売れるのかがわからない。また、メッセージのやり取りやしっかり梱包して発送するのが面倒。わたしは直近にあるアニメの缶バッジをメ◯カリで売ったのですが、発送まで7日以内に設定してるにも関わらずすぐ送れだの、未開封品なのに傷があったといちゃもんを付けられたりということがあったので、正直もう参ってしまって今回の断捨離でフリマアプリを使うことはやめました。しかも量がかなりあるから、一点ずつ出品なんてしてたら気が狂ってしまう(笑)

Twitterも量が多すぎて無理だと思ったので、中古ショップに売ることにしました。アニメグッズを扱う中古ショップはらしんばんK-BOOKS駿河屋等ありますが、わたしは比較的買取金額が高いとよく聞く駿河屋に売ることにしました。

 

駿河屋の買取には、あんしん買取とかんたん買取があり、店舗持ち込みか郵送かも選べます。あんしん買取は事前に自分で売るものを検索して登録します。その上で見積が出ます。なので、大体どれくらいの値段になるのか送る(持ち込む)前からわかり、かんたん買取よりも買取金額も高いです。しかし、1点ずつ調べるのがとてつもなくめんどくさくて…。前回テニミュの円盤中心にあんしん買取した時、5万円という高値で買い取ってもらったのであんしん買取だけに安心感はあったんですが、めんどくささがどうしても勝ってしまう。だって、この部屋に溢れるグッズほぼ全部売りたいのに…何時間何日かかるかわからない…(笑)

ということで、今回はかんたん買取で、しかも量が多くて店舗に持っていくのも無理なので郵送で送ることにしました。

 

まず家のグッズの全てを、いるものと売るもので分けました。最初はほぼ全部売るつもりでしたが、グッズをひとつひとつ見てたら、それぞれ思い出が蘇ってきて、全部手放すなんて無理だ〜…ってなりました…。早朝から寒い中並んで買ったグッズ、わざわざ東京まで遠征して買ったグッズ、お気に入りでどこに行くにも連れて行っていたグッズ…オタクの思ひでぽろぽろ。わたしはぬいぐるみが大好きでぬいぐるみだけは絶対売れないし、こんなん全部手放すほうが心しんどくなって泣きそうだったので、お気に入りはひとつだけ持っておくスタイルに変えました。あと、わたしがまだグッズを集め続けているうたの☆プリンスさまっ♪聖川真斗さんとるろうに剣心の瀬田宗次郎くんのグッズは全部そのまま置いておくことに。

 

かんたん買取といえども、申込書に点数や大まかにジャンル(書籍、雑貨等)を分けて書かないといけないし、わたしは少しでも価格が上がるといいなと思って、裸で置いていたものも全てPP袋に入れて綺麗にしました。同じ種類のものをまとめて袋に入れて何点かと作品名を書いたメモを貼り、その上さらに作品ごとに袋に入れて、そこにも作品名を書いたメモを貼りました。例えば「刀剣乱舞 缶バッジ50点」「刀剣乱舞 ラバーストラップ30点」でそれぞれ袋に入れて、そのふたつをまとめて「刀剣乱舞」という袋を作りました。実際査定金額にどこまで影響があるのかわかりませんが、きちんとしておくに越したことはないと思います。せっかくレアなグッズなのになんの作品のなんのキャラでどんなグッズなのかわからずに買取不可とかされるの絶対嫌だったし。特にこれは売れるだろ!ってものは細かく商品名もキャラ名も書きました!

そんなこんなで、かなり大変な作業でした。全部まとめるのに丸4日はかかったかな…。これだけ頑張って数百円にしかならなかったらどうしようと思いました(笑)

 

さて、かんたん買取なのですが、ダンボールの大きさにも規程があります(その他にも送り方にルールがあるので、しっかりHPを読みましょう!)。家に大きいダンボールがなかったので、ホームセンターにわざわざ買いに行きました。ここでもまた、ここまでして売れなかったらどうしようという恐怖が脳裏をかすむ(笑)

 

綺麗に売るもの全てダンボールに入れて、結果120のダンボール2個!点数にして1100点ほど!着払いのゆうパックで送ります。郵便局に持ち込むのも重くて無理だと思ったので、家まで集荷に来てもらって、伝票も家でプリントして。家に引きこもっても大きい荷物が遅れるんだから、便利な世の中だな〜。少しでも高く売れますようにと願いを込めながら、郵便局のおっちゃんに連れて行かれるのを見送りました。今までありがとう。本当に全部大好きで、大切だったよ。この子たちが他のこの子を大好きな人の元に行けますように。と心の中で声をかけながら。(余談ですが、わたしはものにも心はあると思ってます。だから捨てれないんですが。トイストーリーで大号泣するタイプの人間です。)

 

郵送してから2日ほどで、駿河屋から荷物届きましたよという内容のメールがきて、5日後には住所確認の簡易書留が届きました。1週間後には混み合ってるのでもう少し時間がかかりますという内容のメールが来ました。きちんと状況をメールしてくれたので安心しました!そして、郵送から2週間後についに査定結果のメールが届きました!

 

こちら実際に届いたメール。

 

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なんと!!!!

 

34000円!!!!!!

 

すごい!!!!!!!!!!

 

正直五千円にでもなれば御の字だと思ってました。

調べるとかんたん買取の査定はめちゃ安いとか買取不可多いとかよく書いてあって、わたしが売ったものはオワコンなジャンルや決して高レートじゃないキャラも多かったので…。

それが34000円!!!!!!!!

やったーーーーー!!!!!!!ですよ!!!!!

 

あんだけ苦労した甲斐がありました…泣

めちゃくちゃめんどくさくて途中で全部捨てたろかとか思ったけど本当がんばってよかった…泣

部屋も綺麗になったし一石二鳥!

 

というわけで、めちゃくちゃめんどくさいですが、いらないグッズは売るべし!と声を大にして言いたい!!!

 

ちなみにわたしは査定結果に関係なく売る選択をしてましたが、査定結果を見てからやっぱり売るのやめるっていうこともできるそうです。たぶんその場合送料は負担しないといけないと思うけど。査定結果が安すぎた場合も送料負担しないといけないみたいですね。

 

あと、わたしは今回大体2週間で終わったけど、混雑期だともっとかかるみたいで、友達は2ヶ月くらいかかったって言ってました。年末とか引っ越しシーズンとかは避けた方が良さそう。

 

以下、わたしが今回売ったジャンル(大体)。

うたの☆プリンスさまっ♪

刀剣乱舞

弱虫ペダル

ダイヤのA

・ハイキュー‼︎

僕のヒーローアカデミア

ヒプノシスマシク

ディアボリックラヴァーズ

2.5次元関連(ブロマイドや写真集)

・ジャニーズ(ペンライトや公式写真)

かんたん買取だから明細がわからないんだけど、何が高かったんだろう(笑)

うたプリ巷でまたブーム再来してるみたいだしそれかな。それともヒプノシスマシクは最高レートキャラたくさん集めてたからそれかな。2.5のパンフレットとかも高そうだなとか。勝手に考えてます(笑)

 

今回ここまで頑張って断捨離して、よくもまあここまで集めたよなあって自分に引いたし、これに懲りてもう病的にグッズ集めるのは本気でやめます!(笑)

数年前「推しの缶バッジに埋もれて死にたい♡」って言いながら集めてた缶バッジで本気で埋もれて死にそうになったからね^_^(笑)

 

あと、わたし同じキャラの同じグッズを20個も30個も持ってて、それをそのまま売ったんだけど、それはどうだったんだろう?同じグッズ何個も売ると業者と疑われてダメみたいなこと聞いてたから不安だったんだけど…。

まあわかりようないし、問題なく売れたということでいいか!(笑)

 

わたしが父を嫌いな理由

わたしは父が嫌いです。

実の父親を嫌いだなんて、なんて親不孝だろう。いけないことだ。なんとかして好きになろう!そう思ってた時もあったけど、無理でした。

何もかもが合わないのです。

 

わたしは幼い頃から、父から褒められたり可愛がられた記憶は一切ありません。上の兄と姉のことはとても可愛がっていましたが、なぜかわたしは可愛がられませんでした。

今でも忘れられないのは、友達が家に遊びに来たので2人で遊んでいたら、それをみて姉が「仲間外れにされたー」と父に告げ口をしました。父は事実を確認もせず、わたしの話も一切聞かず、友達がいる前でわたしを怒鳴り散らしました。泣いているのになかなかやめてくれず、本当に怖くて怖くて仕方なかったです。

それ以降も、何度も同じようなことがありました。

わたしは「父はわたしをなにも知ろうともしてないし、なにもわかってない」と思い、自然と距離を取っていました。

 

父は普通のサラリーマンでしたが、ある日突然脱サラをして、仕事をしなくなりました。当然、母が働くしかなくて、母が働いて父が家事をする(といってもあまりしない)状態になり、それがわたしが父を嫌いになった決定的な瞬間でした。

わたしは母が苦労して、家庭があるのに自分が嫌だからと脱サラして何もしない父を心底軽蔑しました。なんでそれで平気でいられるのか、不思議でしょうがなかった。

その頃からわたしの将来結婚したい人は「父と真逆の人」となりました。尊敬できるところがひとつもない。合うところがひとつもない。この人と血が繋がっているなんて、正直最悪ってずっと思っていました。

しかし、わたしは直接父にそういったことを言ったことがありません。正直、話もしたくないのと、合わないのはお互いわかっているので家族ではあるけどもう仲良くすることはできないし、無理に合わせようともしなくていいやと思って諦めていました。わたしは父の発言全てがかんに触るので、話したくなかった。

 

裕福ではなかったのでわたしは高校に上がるとすぐアルバイトをはじめて、自分でお金を稼ぐようになると、余計に父が嫌いになりました。父は、自分はろくに働いてないにも関わらず、やたらと偉そうにバイトのことを口出してくるのです。どの口が言ってるねんとしか思えない(笑)働いてないお前に言われたくない。

社会人になってから、わたしは就職しましたがうまくいかず、転職を繰り返していました。その度に父はわたしを非難します。最近わたしが就職したところはリフォーム業界なのですが、だからリフォーム業界はダメだと思ってた!お前は考えが浅い!とさんざん罵られました。そして父は決まってわたしのことを「おかしい」と言います。そして最終的には「早く出て行け」。いつも嫌な気持ちになるだけなのでわたしは本当に父になにも話したくありません。わたしが決めたことや、わたしがこうしたいと思ったことにも、いつも横槍を入れてくるのです。

 

つい先日、会社の飲み会後に疲れて帰ってきた私に父が「おい、働いてるの何て名前の会社だった?」と聞いてきたので、わたしはまた自分の会社の悪い評判をたくさん言われるのだと思って「それ聞いてどうするの?」と言いました。そうしたら、父はブチギレ。なんでそんなこと言われないといけない?!自分の娘の会社聞いてなにが悪いねん?!と。わたしは正直に「今の会社のことは、今自分で一生懸命考えてる。そこでまた嫌なこと言われたくないから」と言うと、またブチギレ。「俺がいつ嫌なこと言った?!」。いや、いつも言ってますよと。めんどくさくなったわたしはテキトーに会社名を言って終わらせようとするも、ずっとずっとキレてくる父。わたしも我慢の限界で、もう頼むからほっといてほしいと喚きました。そうすると、最後に父はありえない言葉を吐きました。「お前は家族に向いてないねん!」。は?????家族に向いてないってなに???なんでお前に向き不向きがわかる?????頭おかしいのも家族に向いてないのも、ぜんぶお前やろうが。

限界を超えたわたしは、外に飛び出した。

 

それから一切、口を聞いていません。正直顔も見たくありません。嫌いで嫌いで、仕方がない。わたしは家を出たいともう何年も思い続けてて、でも金銭面と愛猫と離れたくないという気持ちから、行動せずにいました。

でも、もう一緒にはいられない。

仕事がどうにか落ち着くまでは無理でも、近い将来一人暮らししようと心に決めています。

早く父から離れて、父と縁を切りたい。

父も以前から私に早く家を出ろと何度も言ってきているし、きっと父はわたしがいなくなったらめちゃくちゃ喜ぶだろう。離れたらきっとお互いもう二度と会いたくないと思ってる。全くさみしくなく、もはやうれしい。

 

余談ですが、父との関係は恋愛にも影響を及ぼしています。わたしは働かない男性や、仕事の愚痴ばかり言う男性が苦手です。元彼が仕事の愚痴ばかり言い仕事を辞めた時、すぐに別れを告げました。それなのに、わたしは仕事がうまくいかずに転々としているこの矛盾。絶対に父みたいにはなりたくない。それだけを心に燃やして、わたしは明日からまた仕事を頑張ります。

 

 

 

滝口幸広さんの訃報を受けて

滝口幸広さんをわたしが知ったのは、「舞台ラブ米」でした。推しが出ていたので足繁く通ったのですが、当時のわたしは厄介キチガイオタク発動中。2部にライブがあるのでそこでのファンサで一喜一憂。狭い会場ということもあり、同担の顔は大体覚えちゃうんですよね。同担との睨み合い、潰し合い。嫌いな同担はファンサもらってたのに自分は干された。みたいな戦場で、正直とてもしんどかったです。

ほぼ毎日通っていたのですが、時にはホテルでもう行きたくないって泣いたり、マチソワ間友達と喫茶店で泣いたり、ほんとにヘビーでした。ある意味とてもオタク!って感じだけど。

その作品に滝口さんも出演されていて、鴨兄弟の「兄鴨」という役でした。本当に、毎公演毎公演とても笑わせてもらいました。当時、ラブ米に通っていた友達からも滝口さんにファンサをもらったとか、いつも笑わせてもらってるとか、好きだな〜とか、そういう話をたくさん聞きました。キチガイオタクたちはみんな、滝口さんの兄鴨に救われていたと思います。

推しじゃない分際でこんなことを言うと怒られるのかもしれませんが、わたしは滝口さんが好きでした。きっとみんな好きでした。推しも滝口さんをとても慕っていて、好きなのが伝わっていました。

 

その後、わたしが好きなA3の舞台にも出演されていて、また滝口さんの演技を見ることになりました。エーステはとても人気な舞台で、わたしも好きな作品で、そこに知っている好きな俳優さんが出演していることに素直に嬉しく思っていました。次回公演である秋組単独公演にも当たり前のように出演されて、また拝見することができると思っていた矢先です。

わたしは早く寝たので朝訃報を知ったのですが、まずは、嘘でしょって思いました。しばらく受け入れられずにいました。Twitterではさまざまな悲しみの声が溢れていましたが、わたしはそれを見てもまだ理解が追いつかず、何かそういう物語を見ているような気分でいました。

でも、今日北乃颯希くんのブログを読んで、一気に現実味が押し寄せてきました。それは、自分にとって思い入れの深いラブ米のことが書いてあったからだと思います。一気にいろいろなことを思い出しました。クラブex。みんなで食べたおにぎり。みんなで踊ったパラパラ。お客さんのペンライトを自分の色に変えていく兄鴨。毎公演たくさん笑わせてくれたアドリブ。涙があふれて止まりません。

わたしは、ラブ米に通っていた期間中、前途した通りとても辛かったししんどかった。だけどラブ米はとても面白くて楽しかった。矛盾してるけど、オタクとしてしんどい現場だったけど、作品は本当に面白くて楽しくて大好きだったんです。そういう気持ちでいられたのは、紛れもなく滝口さんの兄鴨のおかげです。ラブ米を辛い思い出だけで終わらせることにならずに済んでよかった。ありがとうございました。

 

どうか天国でも好きなお芝居を思いっきりしてほしいです。思いっきり笑わせてほしいし、笑っててほしい。俳優仲間とのやりとりを見ていて、本当にみんなに愛される素敵な人だと思っていました。あまりにも早すぎて。きっとたくさんやり残したことがあると思います。本人が一番悔しいだろうなあ。

そして、虚血心不全はとても苦しいと聞くので、そのことを考えると胸が痛いです。

 

当たり前のように次の現場があると思ってしまうけど、そうじゃないんだよな。会える時に会っておかないと。自分も推しも、いつ何が起こるかわからない。人間ってほんと儚い。どんなに良い人でも悪人でも、美人でもブスでも金持ちでも貧乏人でも、みんな揃って将来は死ぬんだもん。わたしはすぐに死にたいとか消えたいとか思ってしまいます。だけど、その時がくるまで、生きる。生きたくても生きれなかった人の分までとかそんな大それたことは思えないけど、わたしはただわたしを全うする。

 

12月に久しぶりに推しのイベントに行きます。本当は少し迷っていたけど、会いに行ける時に会いに行こうと思いました。

 

滝口幸広さん。

本当にありがとうございました。おつかれさまでした。わたしはあなたのことを少ししか知らなかったかもしれません。正直ファンと言える存在ですらなかったです。だけどわたしはあなたの演技を見て、たくさん笑顔や元気をもらいました。出会えてよかったと思っています。どうか、安らかに。わたしの推しは滝口さんにとても懐いていたように思います、空の上からずっと見守ってあげてください。

ご冥福をお祈りいたします。

普通の人

こないだ、今の会社の同僚に「仕事はどうですか?」と聞かれました。

わたしは正直一刻も早く辞めたくていつ辞めるかを考えている状態なので、「正直、わたしには向いていないと気づきました」とバカ正直に答えました。さすがに辞めるつもりですとは言えなかったけれど。「前職は毎日ばたばたと忙しくて、でもやりがいがあって。今はないです。もうこんなこと今更言ってもしょうがないですけど」「〇〇さんはどうなんですか?」と聞くと、彼は「良い時と悪い時があります。悪い時は本当にもう嫌になりますよ」と言って少し笑いました。わたしは「でも、良い時があるなら、いいじゃないですか」と言いました。本当にそう思ったから。すると彼は「そうですね」とまた笑った。他人には無責任な前向きな言葉を投げられる。自分のことは、絶対そう思えないのに(笑)

 

学生時代のアルバイトから、社会人になっていろいろな会社で、いろいろな働く人に会いました。そこで気づいたのは、わたしは人よりも真面目で責任感が強く、仕事を真剣にしたい人だという事。そして人よりも繊細でいろいろなことに気がつく。まるで就活生の自己PRのような自己分析。でも、本当にそうだと思う。それだけは間違っていない自信がある。

でも、わたしのような人は仕事を進んでするし真面目なので嫌な仕事を押しつけられやすい。テキトーな上司からしたら、嫌な仕事を押し付ける絶好のコマです。それでも頑張る。真面目で仕事熱心で責任感があるから、自分が頑張らないと落ち着かないし、頑張らない自分を許せないから。だけど、人間には限界がある。頑張っても頑張ってもいつまでも認めてもらえない。それどころかサボってばかりでろくに仕事をしない同期ばかり可愛がられ、出世していく。どう考えても給料が見合ってない。限界を超えると、辞めるしかなくなる。自分はいつもそのパターンです。わたしと似たタイプの人も、大体いつも先に辞めていってしまいます。

こんなのはおかしいと思うけど、そういう世の中というのもわかる。結局は世渡り上手にならないといけない。自分もサボってばかりの同期と同じように、言われたことだけテキトーにこなして、毎日時間が過ぎるのをただただ待って、なにも考えずに、お金だけもらえたら仕事なんてどうでもいいやと。そう思えたらどれだけ楽だろう。普通の人はみんなそうなんだと、たくさんの人を見て気づきました。

そうやってテキトーに仕事してテキトーに結婚して。それが幸せなんだと。わたしもそれを目指していました。なによりも、わたしは「普通」になりたかった。自分のことを特別と思ってるとかそういうわけじゃない。「普通」の幸せが欲しかった。それは高校生くらいからずっと。

 

わたしは大学を選ぶ時に、美術大学に行くのか四年制の「普通」の大学行くのかでとても悩みました。わたしが行きたかった美大その1は京都でした。となると、通いは無理なので一人暮らし。そんな金銭的余裕もなければ知らない土地でひとりでやっていく自信もない。入試に受かる自信もない。

行きたかった美大その2は、家から近く、推薦で枠がありました。ただ、わたしは高校で成績がトップだったので、わたしがその推薦枠を使ってしまうと他の人が行けないことになり、先生からは遠回しに他の大学にしてくれというような空気を出されていました。そして何より、わたしは美大でやっていく自信がなかった。幼稚園の頃から絵を描いたり何か作るのが大好きで、小学校中学校でも美術が大好き。でも高校に上がって、周りに自分よりも上手い人がたくさんたくさんいて、自分なんて全然ダメだと思いました。だから、なんの才能もないわたしがただやってみたいだけで美大に進んでも、うまくいかないだろうと思ってしまった。美術系で就職するのも難しいと思うし。それに、わたしは「普通」に憧れていました。普通の青春をしたい。大きなキャンパスでたくさんの友達と、音楽系の部活をして、たのしいバイトをして、恋をして。テキトーな企業に就職して。そういう「普通」への憧れは、恐らくわたしが中学時代学校に馴染めず不登校だったことが大きいと思います。学校に行きたいのに行けない。涙が止まらない。死にたい。地元の駅などで同級生に会うと罵声を浴びせられる。このままじゃダメだと思うのに、学校に行くことができない。とても苦しくて苦しくて、仕方がなかった。勉強は独学と、不登校児を見てくれる教室?みたいなのがあってそこで勉強を見てもらって、テストだけなんとかして受けないといけないということで別室で受けさせてもらって。でも行きたかったのは私学の特進科でしたが、出席日数が足りずに普通科しか受験することができなかった(その普通科の入試は成績トップで、その後入学してからもずっと成績は1位で卒業する時には学力優秀賞までもらうのですが、成績にはなんの問題もないのに出席日数だけで特進科に行けないなんて…おかしな話だけどそれが普通みたい)。その高校は、レベルが高くない女子高です。わたしは不登校だったので、とにかく毎日通うことが第一関門でした。正直周りとは合わなかった(ギャルしかいない笑)。辛いこともたくさんあった。でもアルバイトをしたり、少しだけど気の合う友達もできて、それなりな学生生活を送ることができた。じゃあ、大学は!それなりではなく自分の憧れる青春を取り戻そうと、取り戻したいと思った。先のこととかどうでもいい、とにかくたのしい「普通」の学生生活を送りたい。それがいちばんの夢でした。

だから、美大よりも「普通」の大学に行きました。

その選択を後悔はしてないし、たぶん今また同じ立場に立っても同じ選択をすると思う。当時のわたしには挑戦する勇気がない。

 

前の記事にも書いたとおり、わたしは大学を卒業してからも「普通」を求め続けました。「普通」の幸せを手に入れられると信じていました。でも、「普通」ってなんだろう?なにが「普通」で、なにが「普通」じゃない?そもそもわたしは「普通」じゃないの??

考えれば考えるほど、わからなくなる。わからないものを追い求めたり目標にするのは、無謀だと気づきました。「普通」に憧れるのを、やめよう。「普通」じゃなくていい。たぶんわたしは「普通」にはなれない。

 

ここまで失敗ばかりしていると、正直次もどうせうまくいかないんだろうなと思ってしまいます。怖いことだらけです。挑戦するのはとても勇気がいる。でも、このままは嫌だ。無理だ。

 

もういちど生まれる。

朝井リョウの小説のタイトルです。正直内容はあまり覚えていないのだけど、やたらタイトルだけ心に残っています。

もういちど生まれる。

わたしはなにも持っていないし、本当に特別な人ではない。ダメ人間。だけど、「仕事どうですか?」と聞かれて、「良い時と悪い時があります。悪い時は本当に嫌になりますよ。だけど、良い時があるから、いいんです」と言えるような、仕事に出会いたい。

もういちど生まれられるかな。

じんせいとは

わたしの人生とは、とよく考えます。

わたしは考えすぎる人なので、答えなんて出ないとわかった上で、考えます。

 

わたしが思い描いてた未来図は、大学を卒業したらテキトーな会社に入って、テキトーに仕事して、27歳くらいには結婚して、それを機に退職、子育てをしながらパート。楽しい毎日。

そんなのが夢でした。

なんの根拠もなく勝手に叶うと思ってた。

 

何一つ叶わないどころか、たぶんわたしの本当の夢はそんなところにないと最近になって気がつきました。楽な仕事はしたくない。常に自分が成長できる仕事をしたい。やりがいがほしい。結婚したいと言いながら、本当はたぶんまだしたくない。相手いないし(笑)

 

今まで生きてきて、何度も死にたいと思いました。何度も生きたいと思いました。何度もこの世界が嫌だ、生まれてきたくなかった、生きたくないけど死にたくない。初めからいなければよかった、消えたい。だれの記憶にも残らずに何事もなかったように跡形もなく消えたい。って思いました。今も思います。

でも、そんなことはできないし。望まなくてもいつか死ぬので、それまではなんとかがんばって生きてみようと、せめて親が死ぬまではがんばろうと、そう思う。

 

生きてたらいくらでもやり直しがきくとよく言われるけど、結局自分が自分である限り、なかなか変わらない。わたしは何度も同じことを繰り返して後悔したり失敗したりしています。学習能力がないのか、自分が悪いのか。親はいつもわたしはなにも悪いことしてないよと言ってくれます。でもわたしは心のどこかで、自分のこの人生は罰を受けているのだと感じています。きっと前世でよっぽどの悪人だったんだろうなあと(笑)

人生に無駄なことはない、それは確かにそう。でもわたしの人生そのものが無駄なんだろうな。

 

わたしがどれだけ望んでもなれないものに、いとも簡単になっている人がたくさんいる。上を見たらキリがないのはわかってる。その人にはその人の悩みや苦しみがあることもわかってる。

自分以外の人間がみんな羨ましい。わたしよりひどい人間は、そうそういない。

 

猫がかわいい以外、生きていて良いことがない

 

仕事のこと

わたしは二十代後半に差し掛かった年齢です(若くないので明言するのは恥ずかしい笑)。

四年制大学を卒業したのち、営業職の仕事に就いたものの、何もかもが全く合わず泣いてばかりの日々。結局3ヶ月も保たずに辞めました。

それからすぐにアパレル販売の仕事に就きました。販売は大学時代のアルバイトで経験があったからやりやすいと思ったし、正直次の仕事の腰掛け的な、いい仕事が他に決まったらすぐ辞めようと安易な考えで働きはじめました。そこが、まあヘビーで(笑)上司がモンスターみたいな人で全く日本語が通じず、いつもキレ散らかしてるような人で、ストレスがめちゃくちゃ溜まった。会社の経営も厳しくて、正社員じゃなく契約社員だったからいつクビになってもおかしくないなって感じで、業務内容も体力的にも厳しくて毎日疲労困憊。1年で退職。

次はもう、営業や販売みたいな数字を追う仕事は嫌だ!もう転職もしたくない!腰を据えて長く働きたい!経験はないけど、事務をしたい!と思って事務職に。はじめは派遣からで、半年後に正社員になりました。自分で言うのも変だけど、めちゃくちゃがんばった。仕事内容はやりがいを感じることもあったし、向いてると思えた。このままこの会社でずっと頑張れたらな〜とか思ったりもしたけど、色々な問題(主に人間関係的な)があって、ストレス過多で鬱気味に。このままこの仕事を続けるのは精神的に無理!と思う出来事が発生して、それを機に退職。勤続年数は3年。

そして今、また新しい会社で事務をしているのだけど、まあ〜〜やばい会社。詳しくは書けないレベルで黒い会社。仕事内容もめちゃくちゃつまらないし、全く面接で聞かされた内容と違う。正直一刻も早く辞めたい。というか辞めるべき会社。辞めることは決めたのだけど、さあ、どうしよう?と。

今までたくさん転職してきて職歴はほんとに誇れるところがひとつもない。だけどわたしは何一つ無駄なことはなかったと思ってる。もちろん自分でも一つの会社に長く勤めたかったし、この歳でまだこんなにふわふわしてるなんて、世間体も気になる。でもはじめの会社でわたしに営業は無理だとわかったし、ふたつめの会社でてきとーに仕事選びをしてはいけない、また社会にはありえないモンスターみたいな人間がいると学んだし、みっつめの会社でどれだけがんばっても報われない仕事があると知った。そしてよっつめの会社でわたしは仕事にやりがいがほしい、前向きな仕事がしたい、自分が好きと思える会社で働きたいという願望があるということに気づきました。どれも新卒の就活時にわかってないといけないようなことだけど、わたしはバカだから経験しないと分からなかった。本当にバカ。

バカだからめちゃくちゃ遠回りしたけど、次は高校生の頃から興味があったけど自分に自信がなくて挑戦できなかった分野に挑戦しようと思っています。まだできるかはわからない。わたしは本当に自分に何一つ自信がない。自信をつけるためには、経験やスキル、知識をつけること。だからアルバイトをしながら勉強をする。

別にそれがまた違ったって構わない。違うってことがわかったらそれはそれでいいと思ってるから。わたしはずっと頭の片隅で本当はやってみたいと思っていたことを、やりたい。

あと、新卒の時に一度落ちた会社で、本当に入りたかった会社があって、そこにもう一度ダメ元で応募してみようかと思ってます。受かるとは思ってないけど、やっぱり何度どこから考えてもわたしの入りたい会社だから。がんばりたい!

 

意外と今は前向きです。嘘、本当は消えたいくらい落ち込んでる。でも家族の顔が浮かぶから。やることやってから消えようか

ダイエット

思うように減りません、体重。

今月に入ってから本格的にダイエットしようと決心して、まあまだはじめたばかりというのもあるかもしれないけど、一向に痩せない(笑)

 

今回ダイエットしようと決心した理由は、明らかにお腹がぽっこりしてきたのと、来月中旬に俳優の推しとの接触イベントなるものがあるので、横に立つのにこのままではまずい!と思ったからです。だから、期限は来月中旬ということになるかな。

で、いろいろ調べた結果、「月曜断食」というのが流行っていて、何やら効果が出ている人が多いし、道具や特別なものはいらずに明日からでもできそうだったのでまずはやってみることにしました。

「月曜断食」っていうのは要するに1週間のうち月曜日だけ断食するというダイエット(他の曜日に食べるものでルールもあるのだけど、詳しくはググってください)。早速月曜日に断食をしました。いや〜〜〜まあ辛い(笑)日中は会社にいるのでなんとか気を紛らわせるのだけど、夜がやばかった。わたしは実家暮らしだから家族はみんな美味しそうにご飯を食べているし、テレビではちょうどおいしそうな料理を特集していたりして(笑)翌朝に食べたヨーグルトとフルーツグラノーラのおいしさは一生忘れません…。

 

なんだけど!辛かったわりに全く体重が変わらず…そのあとも朝はヨーグルトとフルグラ、昼はスープのみ、晩は炭水化物抜き。基本的に飲み物は水かお茶。夜寝る前に15分間ストレッチ。あえて歩くために遠い駅を使う。階段を使う。寝る前に青汁を飲む。そんな感じでダイエットしているんだけど…ダメです。変わらない(笑)

まあまだ1週間目だし…と思う自分と、あまりの辛さにもういいかな食べちゃおうかなと思う自分がいて、まさに自分との戦い。

もともと小食な人だったらここまで辛くないのかなあ。わたしは食べるのが大好きだし、甘いものもスナック菓子やカップ麺も大好きだし、本当に辛い。何より大好きなミルクティーとパンを食べれないのが辛い。

そう簡単に痩せれるはずがないんだけどね。心が折れそうです。

朝フルグラ食べて、夜も量はしっかり食べてるのがダメなのかなあ。朝これ以上減らすと倒れそうだし、平日の夜をプロテインに置き換えるといいかも。去年ダイエットした時は夜プロテインに置き換えで4キロ減できたし…(リバウンドしました)

 

体型というのは、元々持ったものがめちゃくちゃ大きいと思います。友達でも、めちゃくちゃ痩せてるのにめちゃくちゃ食べる子とかいるし、その逆もいるし…食べても食べても太らないって言ってみたいですね。

昔は全然体重の増減なかったし痩せていたから気にしてなかったけど、やっぱり社会人になってお酒飲んだり不規則な食生活するようになってから太ったな。単に歳かもしれない。

とりあえず今の目標は、見苦しくなくスキニーを履けるようになること!(笑)12月のイベントの時に少しでも自信を持てるように、心はとっくに折れてますが、あともうちょっとがんばってみます。